ライン

   
  Jorge Colaco ジョルジェ・コラソ
 −アズレージョ作家、画家

1868年2月26日−1942年8月23日

ジョルジェ・コラソは1868年、モロッコのタンジールのポルトガル領事の息子として生まれました。
ポルトのサン・ベント駅やパレス・ホテル・ド・ブサコの美しいアズレージョは有名ですが、このアズレージョを描いたのが
ジョルジェ・コラソです。
コラソの一族は彼のいとこのアメリア・レイ・コラソがポルトガルの有名女優、妻のブランカは詩作や小説などの著名な
文筆家、娘のアナは彫刻家、息子のトマス・リベイロ・コラソは詩人で劇作家といった芸術家一族でした。
コラソはリスボン、スペイン、パリで絵画を学んだ後、ポルトガルの有名磁器メーカーのサカヴェン社に入ります。
当時サカヴェン社はリスボン空港の北のあたりにあり、現在は陶器博物館になっています。ここで磁器についての技術も
習得した彼は、多彩な技術を駆使したアズレージョ作品の数々を作りました。。
サカヴェン社には19世紀の終わり頃から1923年まで在籍し、その後はコインブラのルシタニア社でアズレージョの製作
を続けました。リスボンには彼の功績を称えて命名した「ジョルジェ・コラソ通り」があります。
彼のアズレージョはポルトガル国内の公共施設や邸宅などの他にも、ブラジルやイギリスのウィンザー城など海外にも
残されています。
 

<パレス・ホテル・ド・ブサコ(1907)>
 
ポルトガル中部の広大なブサコ国立公園内に建つ5つ星ホテル、パレス・ホテル・ド・ブサコ。
1888年にポルトガル国王マヌエル2世が建てた王宮です。このネオ・マヌエル様式の建物のエントランスホールを飾る
アズレージョを描いたのがジョルジェ・コラソです。1階にはナポレオン軍に勝利したブサコの戦い、大階段にはポルトガ
ルによるセウタ攻略とインド攻略の様子が迫力ある筆致で描かれています。
また、テラスにはポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスによるポルトガルの大航海時代を舞台にした叙事詩「ウズ・ルジ
アダス」、ジル・ヴィセンテ作の戯曲、ベルナルディン・リベイロの叙事詩、などから題材を得たロマンティシズム溢れるアズ
レージョがズラリと並びます。幻想的な題材の絵が多く、この宮殿をいっそう神秘的な空間にしています。

パレスホテルブサコ jorgecolaco
 パレス・ホテル・ド・ブサコ  コラソのサイン


ブサコアズレージョ ポルトガルアズレージョ
 セウタ攻略のアズレージョ  迫力あるインド攻略のアズレージョ


ポルトガルタイル
   テラスのアズレージョ


ブサコタイル ウズルジアダス ジョルジェコラソ
 幻想的な作品が並びます  縁飾りの花も全て違う  悲劇のイネス・デ・カストロ



ジョルジェ・コラソ・2のページへ ポルトガルの手仕事 トップへ Ola! Portugal トップへ
歩きまくり Bussaco へ ポルトガルの手仕事 アズレージョへ snow-whiteブログ *Bonito★ぽるとがる*
ライン