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   <Viana do Castelo>


ヴィアナ・ド・カステロの陶磁器の歴史 〜Ola!Portugal写真展より

  
 ヴィアナ・ド・カステロには1774年に最初の陶磁器工房が創立されたと言う記録が残っています。
この時代の陶磁器は、当初ポルトガルの航海士達により、アジアからヨーロッパへ持ち込まれた磁器の模倣品でした。
当時のヨーロッパにはまだ丈夫で透明感のある美しい磁器を作る技術はありませんでした。
その為、当初は上薬をかけて透明感を出し、磁器に似せた陶器が作られていたのでした。
(写真右下参照:一見磁器のような輝きがあるが、上薬の欠けた部分から下の陶土が見える)

※陶器:陶土を焼いて作られる。土の風合いが残る物が多い。益子焼など。
※磁器:石から作られる磁土を焼いて作られる。透明感のある風合い。砥部焼など。

 時を経て、ポルトガルでも質の良い磁土が発見され、技術も発達し、美しくて丈夫な磁器が作られるようになりました。
この磁器は当初、教会や修道院、薬局の為に作られました。それらは藍色かワイン色の単色で、豪華な絵付けがされ、
後にヴィアナ・ド・カステロの港からブラジルへ輸出されるまでになりました。


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 ロウサ・レジオナル社製 中世頃〜の薬壺(磁器・レプリカ)
右のロココ風の壺は花を生けると引き立ちます
※参考:陶土で焼かれたアズレージョ 1760年頃。



   Louca Regional de Viana の歴史 〜ヴィアナの「名も無き花」


     1774年、現在と同じ場所に、ポルトガルの高級食器メーカーのひとつに数えられるヴィアナ・ド・カステロを代表する工房
    Louca Regiolal de Viana(ロウサ・レジオナル・デ・ヴィアナ)は創立されました。
    初期の頃は他の工房の製品から学んだり、陶工達が技術の向上に励んだり、試行錯誤の時期でありました。
    ようやく丈夫で美しい光沢の、色彩豊かな磁器の製品が完成するのは1820年頃の事です。
     
     長い間、この工房の製品は風景画や動植物など、他のヨーロッパ諸国から輸入された物の柄を写した物でした。
    しかし、それは描き手に技術を要する仕事で、時間も掛り効率よく生産は出来ない物でした。
     1947年、当時の経営者であるAugust Ahves氏が、技術が無くても簡単に描ける花のモチーフを考え出します。
    このモチーフは特定の花を写した物では無く、全く架空の花であり、名前も付けられていません。
     日本においては、文様のひとつひとつに名前や意味があり、時には季節まで表す物もある事に比べると、大らかで
    こだわりの無い、いかにもポルトガルらしい話であるように思います。
     しかし、このモチーフのおかげで庶民でも手の届く物を量産し普及させる事が出来るようになったのです。
    工房では現在も中世より伝わる文様から現代的な作品まで、様々な色やデザインの製品が作られています。
    しかし、今ではこの名も無き花が工房のシンボルとなり、ヴィアナの焼き物と言えば、真っ先にこのモチーフが挙げられる
    ようになったのは面白い事です。
    

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工房を象徴する花模様が描かれたピッチャー 
高級食器メーカーですが、少し歪みがあったり
ひとつづつに味があります
  
  この工房を訪れた時はこの花模様の事については何も知りませんでした。何気なく「これは何の花ですか?」と工房の方に
 聞いてみました。何かいわくありげですが、英語で説明するのが難しそう。そこに居合わせたフランス人の旅行者の方が、
 たまたまポルトガル語も英語も話せると言う事で通訳してくれました。このフランスの方はご両親がポルトガルに住んでいた事
 があり、しかも幼少の頃は日本にも住んでいたそう! 
 ポルトガルが引き合わせてくれた面白いご縁にObrigadaです。私達にとって、とても印象深い訪問になりました。


※2010.8月訪問
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